2006年1月アーカイブ

「19世紀、トルコの大富豪たちは競うようにして華やかな邸宅を建てた」
----こんな記事を旅行雑誌で読んだのは、もう3年ほど前のこと。
2005年の夏に、5日間の休暇をとって、やっとブルガリアへ行くことができました。

イスタンブールのバスターミナルから約8時間、首都ソフィアへ到着です。人々の服装や
カフェに並ぶサンドイッチを見て、ヨーロッパへ来たということが確認できるのだけれど、
それは洗練されているとか進んでいるのとは違う…。
旧式のトラムや乗り合いタクシーなどを見ると、どことなく懐かしく、
古い時代の暖かみがそのまま残っているような町なのです。
でも、ソフィアには滞在せずに、すぐにバスを乗り換え目的の『プロブディフ』へ。
(今来た道をトルコ方面に2時間戻るのです!)

プロブディフ

ブルガリア地図紀元前のマケドニアの時代から、バルカン半島の交通の要所であったプロブディフは、オスマン王朝の支配下にあった14から19世紀の間にも商業都市として栄え、それぞれの時代の建築様式や装飾が今も残されています。
特に19世紀に、富豪たちが「民族復興様式」と呼ばれる独自の建築様式で建てた邸宅は、昨日まで誰か住んでいたかのような状態で、博物館として公開されています。
家の持ち主は、ブルガリア人、トルコ人、アルメニア人と多彩で、それぞれが西欧の様式、バロック様式、トルコ様式の特徴をミックスさせて、民族復興様式の邸宅を作り出したのでしょう。
建物の外観からお部屋の調度品まで、見ごたえがあります!!

写真をスライド風にしましたので、ごらんください♪
(下の写真をクリックすると別のウインドウが開きます)


プロブディフの邸宅
カーペットと室内の装飾

*ブルガリア/シャルキョイのキリム展へ



コプリフシティッツァ

コプリフシティッツァに流れる小川19世紀中ごろ、プロブディフに建てられたバロック様式と民俗復興様式が混ざった屋敷に感化を受けたコプリフシティッツァの富豪たちは、その様式を取り入れて競って豪華な邸宅を建てました。山間の避暑地といった雰囲気の小さな村は、家々の間を小川が流れるのんびりした田舎の雰囲気。石畳を歩いていると、150年前の風景がそのまま残っているように感じられて、村全体がひとつの博物館のような素敵な村なのです。

コプリフシティッツァには、プロブディフほど大きくはありませんが、凝ったデザインの家が多く残っています。

写真をスライド風にしましたので、ごらんください。
(下の写真をクリックすると別のウインドウが開きます)

コプリフシティッツァの邸宅ブルガリアのフェルトワーク

*ブルガリア/シャルキョイのキリム展へ

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